自己肯定ができません

父、祖父、曽祖父とも、それぞれ異なる分野において傑出した実績を上げており、自分もそうありたい、そうでなければならない、という思いが拭えません。

彼らは、傑出した実績を上げたいとか認められたいとかいう気持ちでなく、ただひとつのことに徹底して打ち込んだ結果として、世間から認められる実績を残したんだということは理解できるのですが、自分には打ち込みたくなる分野もぼんやりとしか見つかっておらず、また覚悟もないために中途半端になっています。

妻と3人の子供がおり、収入も家庭も安定はしていますが、子供たちに誇れる仕事をできていないことが苦しく、自己肯定できていません。この悩みを解決するには、平凡な仕事でもソツなくこなして、平凡な人生を送ることに満足するしかないのでしょうか。それとも、ぼんやり見えている興味に向かって、安定を投げ出してでも一歩を踏み出すべきなのでしょうか。

「お父さん、仕事 好き?」と尋ねられたときに「大好きだよ」と即答できる父親でありたいと願いながら、日々の業務をこなすだけの人生に疑問を感じながら生きています。

きりん
42歳 会社員 男性

あなたは立派なお父さんで、立派なご主人です

人はみんな違うのですから、まず、あなたはお父さんやお祖父さん、曽お祖父さんと比べる必要はまったくありません。

「済んだことを愚痴る、能力がある人をうらやましいと思う、人によく思われたいと思う。人生を無駄にしたければ、この3つをどうぞ」という僕の大好きな言葉があるのですが、あなたは奥様と3人のかわいいお子さんがいらっしゃって、収入も家庭も安定している。普通のお子さんであれば、それだけでお父さんを十分誇りに思うと僕は思います。それ以上の子どもたちに誇れる仕事というのは、どういう意味でしょうか?

ちゃんとご飯が食べられて、あったかい寝床があって、家族を大切にすることが、次の世代を育てることにつながります。それをあなたは人間として今、立派にやっておられるのだと思います。

何ひとつ、自己肯定ができないというのは、僕には理解が及ばないところです。人と比べることは意味がないと思うので、あなたは僕から見れば、本当に立派なお父さんであり、立派なご主人だと思います。

あなたがぼんやりと見えている興味に向かって、もしチャレンジしたいのであれば、それは奥様とよく話し合った上で試してみるのもありだと思います。でも、僕は人生で何が一番大切かと言えば、ご飯が食べられて、あったかい寝床があって、次の世代をきちんと育てることだと思っています。

ですので、あなたは立派な仕事を十分されていると思うし、お父さんやお祖父さんたちと比べる必要はまったくない、とはっきり申し上げたいと思います。